[第10期 EAIアカデミー] ②米国発の世界秩序の変化と韓国の対応
編集者ノート
チョン・ジェソンEAI院長(ソウル大学教授)は、アカデミー第2講「米国発の世界秩序の変化と韓国の対応」で、国際秩序を固定された実体ではなく、主権国家体制・運営原理・制度の3つの層位が調整される動的な過程として再読する必要があると診断する。チョン院長は、グラムシの覇権概念と米国主導秩序の歴史を根拠に、トランプ発の変化が制度的層位に限定されたものか、覇権的な運営原理自体の移行なのかを見極めることが鍵だと指摘する。これを基に、発話者は覇権体制の持続可否によって韓国が取るべき戦略が異なるとし、国際政治研究能力の拡充とヘッジ戦略の準備を促す。
YouTubeリンク : https://www.youtube.com/watch?v=fBcOlf3B7ok
■ チョン・ジェソンEAI院長、ソウル大学政治外交学部教授。
映像スクリプト
前回、河英燮理事長が講義なさったので、私も映像を見ました。世界秩序の変化について巨視的で歴史的なお話をよくしてくださいました。今日はそれよりも分析的に、現在の国際秩序がどのように変わっているのか、米国の外交政策と関連してお話ししようと思います。パワーポイントを作ったのですが、内容が多いです。今日全部やるか、途中で飛ばすこともあるかもしれません。時間の許す限り、重要だと思う部分に焦点を合わせてお話しします。
国際秩序の変化に対する概念的アプローチ
小さくは米国の外交政策ですが、大きくは国際秩序全体がどのように変わっているのかについてのお話です。理論的な話もあり、最近起きていること、前回も人工知能や新技術について多くお話しされましたが、技術変数なども幅広くお話ししようと思います。目次はこの通りで、いくつかのパートに分けて話してみようと思います。皆さんが面白くよく聞いてくだされば幸いです。最初は国際秩序に関するものですが、最近、国際秩序の変化について様々なセミナーや学会で多くの議論があります。私も文章を書いており、皆さんのリーディングに入っている英文論文が少し前に書き終えた文章です。まだ出版されていない文章なので、後でうまくいけば出版されるでしょうし、もう少し様子を見る必要がありそうです。まず問題意識は、私たちが国際秩序と言うとき、秩序というものが果たして何だろうかという概念の問題です。
普通、秩序という言葉をよく使いますよね。秩序は名詞です。ある秩序が今変わっていっている。よく米国中心の自由主義国際秩序が変わっていっているという秩序を、一つの状態または実体だと考えます。秩序Aから秩序Bへ変わっているのか、覇権秩序から多極秩序へ変わっているのか、このように普通思考します。だからこそ、秩序が変わったのか維持されているのかについての二者択一の論争もあります。生産的な議論ではありますが、本当に国際秩序が変わっていると言うとき、私たちが使う言語で何がどのように変わっているのだろうかを、もう少し哲学的に悩んでみる必要があります。英語では「order」と言いますよね。
「Order」は名詞でもありますが動詞でもあります。ある状態が予想できなかった、あるいは日常的な外部環境にぶつかったとき、その秩序を維持しながら変化する動詞的状況を「order」と言うこともできます。だから「ordering」とも言います。今の状況が、ある自己完結的な秩序が内部的な矛盾で爆発したり崩壊して、A、Bという秩序に向かっていると思考することが、現実をより正確に把握できるものなのか、それともそうではなく、秩序というもの自体が変化しているため、私たちが言語で秩序が変化すると言うとき、その秩序を実体化すること自体が現実を誤って捉えている可能性もあるということです。変化しているその状態がある特定の姿のとき、後で話しますが、予測可能で適応力があり回復力があるときにそのように定義するのですが、ある状況で、その状況の流れと過程が新しい状況に直面したときに、元々持っていたその秩序の側面を維持するための適応力が維持され、再び
元通りになる回復力の強いそのような流れのとき、それが秩序が維持されていると見ることができます。それはどういう意味かというと、今、米国主導秩序が終わって多極化になったとか、米国主導秩序・単極覇権体制が終わって二極体制になったというような話をよくしますよね。だから論争があります。本当に私たちが二極体制に入るのだろうか?多極体制になったのだろうか?興味深い質問ではありますが、そのように言語化することが正しい概念なのかという考えを最近するようになります。そしてそのような問題提起をした国際政治理論家もいます。大部分は、私たちの思考体系がすべてを実体化する傾向があります。後ではるかに具体的な話をしますが、前は理論的な話です。私たちの考え方、特に古典物理学的な考え方で、物を割って割っていくと宇宙を成している最後の一番小さな固体が出てくるだろうと考えますよね。ところが20世紀の物理学が発展しながら、それがそうではなかった。
宇宙を成している最も基本的な物質の最小単位を追跡してみると、一番小さな粒が出てくるのではなく、その量子状態は時には波動の姿を呈するときもあり、時には粒子の姿を呈するときもあり、観察者の観察方式によって、その存在していた無定形の関係が実体化される、私たちが観察するときだけ実体になり、観察以前の状態を何と定義することはできない。そのようなことがもう少し現実に近い観察のように見え始めたため、大部分の現在の社会科学は物理学モデルに従っています。古典物理学的なモデルに従って思考するとき、そしてそれが私たちが生きているこのメゾ(中間)の時代の私たちの観察ともよく合致します。だから秩序というものも何か実体だろうとこう考えて、その論争もやはり状態の移行、そしてその移行間のある境界があるものだと考えるのですが、そのようなものではないかもしれません。秩序というものは全体的で流動的で変化する過程なのに、その過程がどのように変化するのかを見るのがより重要かもしれない、という話をまずしようと
します。そのような面で国際秩序というものは、固定された状態というよりは、行為者たちが継続して作っていく過程にあるということです。作っていくのですが、だからといってすべての秩序が区別なくすべて同一に見なされるわけではなく、継続して変化するが、一定の臨界点を超えるとその以前とは異なる方式の過程に移るとき、それを秩序の移行と呼ぶのがより良いのではないか。そのような面で例えば、2026年までは米国主導秩序で、2027年からは二極秩序とこのように話すのは難しいですよね。それは変化の過程が少し長くかかるという側面だけでなく、秩序というものが名詞的変化を意味するものではないからです。
だから平和学の話も出ましたが、平和もヨハン・ガルトゥングのような学者は、平和は状態ではなく動的な過程概念だと話します。私たちが平和を成し遂げたい、平和な世界を作ろうというのは、ある平和が一つの状態であるかのように考えますよね。到達すべき目的。ところがガルトゥングの話は、ノルウェーの平和学を創始した古い学者なのですが、その方の話は、人間が平和な時代を生きることはできない。本性上、二人以上集まれば葛藤は不可避なので、結局争うじゃないですか。その争いが起きても、それを暴力ではない平和的な方法で解決できるメカニズムを持っていれば、それが平和な状態だと定義します。ダイナミック・プロセスですよね。
秩序もヘドリー・ブルのような場合も、国際政治は無政府状態なので、いつでも暴力と戦争が乱舞しうる基本的な組織原理なのに、それにもかかわらずどんな問題が生じても、それでも平和的に問題を解決し、経済関係もやはり市場というメカニズムに従って人々が予測可能に行動できるその過程が作られれば、それを「ordered」だと見ることができます。そのそれぞれの「order」の内容とクオリティは変わるとしても。そのような面で、私たちが考えていたものとは少し違う方向に秩序化過程を考えて、今秩序が変化しているということがどんな意味なのか、これは非常に動的なプロセスなのに、どんな問題が生じたとき、それに適応しようとする既存秩序の回復弾力性(resilience)がどれほどあるのかを見ようというのが、より正しい質問かもしれないということです。例えば今は米国主導秩序ですよね。1945年以降、米国主導秩序が作られました。
そして少し後で出ますが、その秩序の核心は覇権秩序です。その覇権秩序が維持されるために非常に多くのことがありました。過去30年間。私たちが時期区分をするとき、1945年に第二次大戦以降、戦後秩序が作られて冷戦とともに始まり、1991年12月にソ連が15の共和国に分かれますよね。そしていわゆる脱冷戦の時代が始まって、脱冷戦がいつ終わるのか明確ではありませんが、それもプロセスなので。だいたい2022年頃にヨーロッパの安保地形が崩れ、国家間の全面戦争が発生しただけでなく、講義時間にも時々そんな話をするのですが、2022年はウクライナ戦争と12月のChatGPTの開始として記録されるでしょう。
そして人類歴史の重要な区分点になるだろうという考えがします。そのような面で91年に始まった脱冷戦は、2022年にひとまず大きな変化を経験しています。そうしたとき、では2023年からは完全に違う秩序なのか?そのように見ることはできません。そのような秩序を米国主導の覇権秩序がよく適応して、かなり変化した姿ではありますが、根本的な姿を維持するならば。ところがその根本的な姿がどんな姿なのかは、後で分析的な概念で話すことにします。とにかくそれが維持されるならば、今トランプ時代に現れているイラン戦争や非常に多くのとんでもないことが起きていますよね。それが覇権体制の回復弾力性を回復する過程で現れる動的なプロセスだ、このように定義されることもできるということです。だからその過程を少し見てみましょう。
IR文献や国際政治文献や社会理論、特にエリアスのような場合は、状態よりは過程に関連した社会学理論を多くしているので、これは少し別途の議論が必要です。だから秩序概念を考えるとき、問題提起をまずしてみましょう。皆さんが国際政治秩序を話すとき、その秩序を固定された何かとして考えない、その後ろに潜んだあるメタ理論的な、難しい言葉では存在論的な、あるいは形而上学的実体論、このようなものを超える思考をすることを勧告する立場で、前に少し難しい話ですがこの話をしたのです。
国際秩序の三つの層位
その次に国際政治理論に入って、私たちが国際政治に一つの項があると言うとき、それに秩序、秩序のいくつかの層位を話してみることができます。例えば英国の国際社会学派のような場合は、専攻者たちは知っているでしょうが、プライマリー・インスティテューション、セカンダリー・インスティテューションがあります。プライマリー・インスティテューションは主権国家体制のようなものです。非常に基本的なものです。その次にセカンダリー・インスティテューションは戦争や法のようなものです。今80億の人口が地球に生きながら、何か政治秩序を作りましたよね。
ところが今、200の国家に分かれた主権国家秩序を作っています。そのような非常に基本的なプライマリー・インスティテューションから、その上に載せられた、それより表層的な秩序たちがあります。私はそれを三つの段階に分けて国際秩序を見ることができる、このように本でも書いて話しているのですが、似たような話です。少しずつ違いはありますが、細部的に入ると、最初は組織原理と呼ぶ「organizing principle」なのですが、その80億をどのように組織するのかという最も基本的なある原則。
今は主権国家体制というものが最も大きな原則です。だから80億が200の国家に分かれたのですが、その国家たちがすべて形式的には平等な国家です。国連総会ですべて一国一票を行使する非常に奇妙な体制です。国力と関係なくすべての国家が同等の主権的な形式的権限を持って作られているのですが、実はよく見ると非常に偉大な、そのようになった歴史的背景がとても長く複雑ですよね。歴史社会学で主に扱う。とにかく主権国家体制が最も基本です。だから私たちがある社会的な構成をするとき、誰が正当な行為者なのか、その正当な行為者が相互間にどのように認められるのかについての非常に基本的なルールを組織原理と呼ぶことの一つ。二番目はその組織原理の上でその社会システムを動かす運用的な原理を話すことができます。それを「operating principle」と論文に書いたように、それははるかに作動方式に関する議論です。
代表的なものが覇権体制と勢力均衡体制です。ある主権国家体制が維持されようとすれば秩序がなければならないでしょう。ところが主権国家体制というものは、すべての国家が軍事力をすべて持っていていつでも使用できます。国際法が規律すると言っても無意味ですよね。今も米国が戦争を起こせば起こすのですから。今回もネタニヤフ首相がニューヨークに行けば、ニューヨーク市長がICC違反だと言って逮捕しなければならないだとか話が多いですが、そのようになるのは非常に難しいですよね。だから国際法がある
としても、実は国際政治は国家の主権的な力がはるかに重要で、それが軍事力で発現されるのがはるかに重要です。これを戦争の場あるいはジャングルなどで国際政治を表現するのですが、戦争がなぜ起きていないのか?国際法が防いでくれるからそうなのか?そうではありません。戦争が起きない理由は覇権国家があって、最も強力な国家が戦争が起きる状況をあらかじめ予防したり、あるいは戦争が起きたとき軍事的に処罰できるため、それが怖くて戦争を起こさない状態。それがグローバルシステムと言うことができ、それを米国が過去80年間維持してきたためです。ところが私たちはそれに慣れているため、覇権的運用原理がまるで組織原理であるかのように考えますが、実はそうではありません。この運用原理と完全に反対される運用原理は強大国政治です。強大国政治は後で出ますが、強大国が複数でいるのですよね。二つであることもあり、三つであることもあり。強大国同士で争うのですが、また陣営を
作ることもできます。そうすれば勢力圏政治になるでしょう。ところでこのような強大国同士でよく互いに配慮して強大国協調体制になることもあり、むやみに争うこともあります。ところが争って勝つ自信がないとき、そのときに均衡が生じるのですよね。バランスが生じる。そうすれば平和が来ますよね。完全な平和ではなく、平和と区別される安定性(stability)が来ると見ることができます。バランス・オブ・パワー・システムの目的は安定性を維持することです。それが運用原理ですよね。どうせ同じ主権国家体制ではありますが、それでもこれが運用されなければならないため、運用されるためには非常に基本的な軍事力がどのように使われるのかについての様々な形態の運用原理がありえます。そしてその覇権体制が自由主義的原理に基盤していれば、自由主義というまた別の運用原理があることもあります。
自由主義運用原理と覇権体制が一緒に結合されて現れるとき、私たちが自由主義覇権体制と見ることができるのですよね。覇権は一国であることもあり、複数の国が一緒にすることもあります。二重覇権があることもあり、集団覇権があることもあります。そのような意味で勢力分配構造自体が運用原理ではないのですが、単極か二極か多極か、これは極というものはずば抜けて強い国家を意味するのですが、この国家たちの勢力分配構造による分類です。これは分類であって原理ではありません。
多極と言っても勢力均衡的であることもあり、覇権的であることもあります。そのような面でそれぞれの極体制の条件によって、互いに異なる運用原理が現れることもあります。基本的な感じは、何か運用原理は同じ主権国家組織原理に載ってはいるが、少し違う方式で運用されるんだな、という程度に考えていただければよく、それぞれの運用原理を実現する制度的装置たちがあるでしょう。国際法であることもあり、主に国際機構とか、あるいは同盟、あるいは経済体制、このようなものがそれを実際に動かす中の制度的装置です。ここまで三層位程度にしましょう。その三つに分けてみましょう。私たちが秩序と話すとき、秩序の層位を三つに分けてみましょう。したとき、今2026年に私たちが経験している国際秩序の変化、すべての人が国際秩序が激変しているとこのように皆話しますよね。その国際秩序はこの三層位のうちどの層位が変化していると話しているのでしょうか?
人によって実は違います。世界を分けない人もいて、ただ漠然と米国中心の平和な時代が戦争の時代に行くのかな、とこのように話すのですが、それも間違った話ではありません。しかし、より正確に秩序変動を把握することが非常に重要です。大部分、今話している国際秩序の変化様相は制度的次元で現れています。同盟が変化したり、自由貿易が保護貿易に変わったり、国連が無力化したり、WTOが補完されることなどは、すべて制度的構成の変化を話します。
しかしそれが覇権的運用原理の変化を話しているのかについての質問には、半々程度だと言うことができます。米国の覇権体制が崩れて強大国体制に向かっていると考える人もいるでしょう。しかし覇権体制が終わってすぐに強大国体制に移行すると断定することはできません。事件の過程の中で覇権体制が適応的過程を経ているのに、これ以上だめな限界点を超えれば、次の秩序のプロセスに移行することになるでしょう。運用原理上、覇権的運用原理が脱覇権的運用原理に向かっているのかが、本当に重要な質問です。
主権国家体制が終わって他の体制に向かうのか、例えば帝国体制に向かうのかも考えてみることができます。帝国は他の国家の主権を認めない体制です。形式的主権の平等性を認めませんよね。帝国があれば周辺国家は主権を喪失することになります。帝国の中心と周辺に分かれるのですが、帝国の中心が主権国家体制の覇権より必ずしもより強いわけではありません。例えば、近代以前の時代の明と朝鮮の関係、あるいは清と朝鮮の関係と、今の米国と韓国の関係で、誰が朝鮮半島に対する影響力がより強いでしょうか?
ふと考えると、帝国体制だった明がより強かったのではないかとすることができます。しかし具体的な国内政治や外交政策に対する制約要因、選択の幅などを考慮したとき、朝鮮がはるかに制約的だったと断定するのは難しいです。冊封や朝貢のような形式的な制約性はありましたが、だからといって今が非常に自由だという意味ではありません。これは主権国家体制の形式的主権が実質的な自律性を保障するものではないという意味で申し上げる言葉です。したがって組織原理の変化まで起きているのか、考えてみる必要があります。
主権国家体制が帝国秩序に変化していると話す人たちもいます。ロシアの場合、プーチンが戦争を起こした様々な理由の一つは、プーチンが持っていた元来の帝国的野望です。米国秩序が衰退すると、元来ソ連と帝政ロシアが持っていた周辺影響力を回復しようとするのですが、その方式は周辺国家の主権を認めない方式です。
これは主権国家体制を超えるものです。プーチンが望むものは組織原理の変化と見ることもできます。それが可能なのかは別個の問題で、今米国主導秩序が揺れるとき、制度的構成や運用原理、さらには組織原理も揺れえます。可能性が少なく正常ではありませんが、国際秩序の変化を話すとき、少なくとも三つの次元でどんな変化を話しているのかは考えてみる必要があります。その変化は実体の代替関係ではなく、動的な過程の中で限界点を超える水準の話です。
覇権の概念と役割
覇権に関する話です。覇権という言葉はアントニオ・グラムシが使った言葉です。同意による支配を意味し、強圧的な部分があっても他の国家たちの反発を和らげ、同意を引き出せる権力体系を覇権と呼びました。これを国際政治でも持ってきて、単純な強圧よりは国際社会や秩序を規律し導く政治的リーダーシップがある時代を覇権と言うことができます。より難しい言葉では、無政府状態の国際状況を秩序正しく維持するための最小限の公共財を自発的に提供する国家を覇権と呼ぶことができます。
覇権は秩序維持に必要な多くの役割をします。そのような能力と意志を持った国が覇権国家になるのですが、これは非常に難しいです。覇権の役割をするということは多くの資源が必要です。全世界の戦争を防がなければならず、戦争が起きても勝者が生じて地域強大国になって米国に挑戦できるため、これをあらかじめ防がなければなりません。平時に全世界を管理する世界の警察の役割もしなければなりません。経済部分でも市場がよく作動するように制度を作り、最終貸し手の役割ができる経済力がなければなりません。また、第二次世界大戦以降、開発途上国経済を生かすために米国の市場を開放し、ODAもしなければなりません。
単純な能力だけでなく正当性も必要なため、国内秩序の模範とソフトパワーも備えなければなりません。歴史的に1500年頃、近代主権国家が出現した以降、ポルトガル、スペイン、オランダ、フランス、英国、米国の順に覇権国家が登場しました。力が強くて他の国を強圧し、国際秩序を左右する意味の覇権ではなく、他の国々が心から同意してその国のリーダーシップを認め、国際秩序維持に必要な公共財を提供する能力と意志を備えた国を挙げてみると多くありません。すぐ前の英国と今の米国程度なのですが、英国は植民地化をし、米国も同じように強圧的な部分がかなり多いです。
したがって覇権国家と同意による支配、公共財提供というものは規範的議論ではありません。そのような行為をしたため良い国だというのではなく、秩序を維持できる管理能力を持っているということです。その管理が非常に悪い管理であることもありますが、無秩序ではなかったということです。人間の秩序の中にも国内政治の民主主義のようにすごい不平等があるように、ある暴力の直接的行使は防ぐが、その秩序が良い秩序だと言うことはできません。
相対的な比較は可能ですが、運用原理上、覇権国の存在が何なのか知ることが重要です。そして覇権の能力を発揮しようとする覇権的リーダーシップ、すなわち政治的実践が重要です。最近の国際政治理論で実践理論を多く扱うのですが、単純な行動ではなく、その中に意味がある習慣的であったり目的がある行動を実践と言います。覇権が体制を維持しようとする実践に対するリーダーシップがあるとき、これを覇権的リーダーシップと言います。論文でも書こうとしたのは、米国の力が弱くなるため、覇権秩序が崩れるだろうという話です。
米国の覇権は衰落するのか?米国は衰落するのか?それが覇権的秩序が壊れて次の秩序が来るのかと連結されるのですが、覇権秩序が良いというのではなく、覇権秩序あるいは覇権システムは、それよりはるかに複雑な議論たちが相互構成されている実体として見なければなりません。リーダーとしての覇権国家もありますが、それを支えた同盟国、パートナー国家、中立的だった国々、競争国を連結する制度化された関係構造として覇権的システムを見なければなりません。国際政治理論で関係主義理論というものがあります。
21世紀に入って多く話されましたが、国家というものがあって、その国家たちの間の関係が国際政治だと考えるのがはるかに簡単です。しかし国家というものが元来からあったわけではありません。国際政治関係が作られながら国家が作られるものなので、国家という存在自体が以前の国際政治が変わる国際関係の中で生成されたものです。したがって国家という行為者と国際関係という関係の間に、相互構成関係を見る必要があります。国際政治とは国家たちがあって、その国家たち間の関係を国際関係と言うならば、理解は非常に簡単です。
しかし国家はいつからあって、誰が作ったのか?国際関係が作ったものです。近代以前から近代に移ってくる国際関係を成す軍事関係、経済関係などが合わさりながら、その中で競争する単位たちの中で絶対王朝の領土国家が勝利して国家として再生する過程なのです。覇権システムというものは覇権が作ったものと見るのは難しいです。覇権システムが出るようになった第二次大戦以降の様々な状況、すなわち第一、二次世界大戦を経て再びこのようなすさまじい戦争を経験しないために、そして戦間期の世界経済の没落、戦争勃発などを防ぐために新しい秩序を作るうちに、米国も覇権的役割を担うようになり、自らを覇権と定義し、国民たちも覇権的事業に寄与するように考えさせる過程が、非常に緊密に構成される過程です。
だからこそ覇権システムというものは、その覇権システムを作る覇権の役割も重要でしたが、それを可能にした多くの他の国家たち、あるいは他の関係たちの重要性があります。その中で米国の力が弱くなったという様々な理由があります。米国が急に力が弱くなれば覇権システムが終わるのか?もし米国は抜けて、米国に代わる中国が登場してその席をそのまま占め、他の国家たちがこれに同意するならば、
中国の政治的実践が米国を良い意味で超える権威主義ではない、他の国家たちの同意を受けられる実践をするならば、覇権システムは同じように維持されるものです。覇権国家だけ変わって、それを支持する同盟国やその中の論理は同じように行くのです。しかしそのような可能性は多くありません。したがって米国の衰落が運用原理上、覇権体制の没落と同じ話なのかについては、少し異なって尋ねる必要があります。
他の言葉で言えば、米国の力が弱くなっても、米国が維持する覇権システムがさらに続くこともあります。米国の弱化、トランプ政権の理解できない非正常な行動と戦略上の矛盾、見るに堪えない多くの問題点たちが覇権システムの終末を意味するのかについては、異なって尋ねる必要があります。しかしあまりそのように尋ねていません。ただ米国が弱くなって中国が浮上するのか?
戦略的公共財と覇権システム
そのような意味で何が変わるのか?という質問がはるかに精緻でなければなりません。そのような面で覇権体制という言葉を作ってみましょう。覇権体制が本当に維持されうるのかを考えてみましょう。次の質問に移ります。覇権体制は覇権的な運用原理で国際秩序を作っていく過程であり、適応的制度としての覇権として再定義してみることができます。すべての秩序は公共財がなければなりません。
これはアダム・スミス的な話です。市場と個人たちの経済行為者が私的利益のために行動しても、見えない手によって自己規制的市場が完成されるということです。それでもこれを維持しようとすれば、経済的交換行為の中で相手方を暴力で勝ったりしてはいけません。したがって治安を維持する公的権力、外からの侵入を防いでくれる国防力、そしてすべてが必要とするが誰も生産しない道路、貨幣のような公共財が必要です。公共財とは非競合性と非排除性を持っている財を意味します。
1952年にサミュエルソンが作った概念なのですが、何か公的なものなしには私的な活動が維持されえないということです。公共財が少し内蔵されていてこそ秩序を維持できます。国際政治も同じように、予測可能で衝撃にも維持される秩序の中で私たちが生きています。しかし今やその秩序が揺れているという感じがあります。私たちが生きてきた秩序がこれ以上維持されないかもしれないという考えがします。戦争防止ができないかもしれず、自由貿易をしようとしてもできないかもしれません。今日、企業の講義に行ったのですが、大部分の企業たちが地政学的変数に非常に敏感になっています。以前は...
輸送路だけでも、以前ホルムズを通過するときにかかった費用や、封鎖されて迂回しなければならない地政学的状況を考慮せずに費用を計算して価格をつけていたのに、全く考えもしなかった問題が起きるのですよね。このような問題がさらに起きることもあります。輸送路でインターネットケーブル、GPSなど、私たちが公共財と漠然と考えてきたものたちがすべて私有財になるならば、公共財の反対語は私有財です。パブリック・グッズ(public goods)とプライベート・グッズ(private goods)の中間には、クラブ財や準公共財のような概念たちがあります。
これは経済学の概念で、国内政治とは違います。国際政治で秩序が維持されようとすれば公共財が必要なのですが、純粋公共財は存在しえません。覇権国家は自分の利益に合わせて一部を排除したり競争させるためです。そのような意味で大部分は準公共財であり、これは非常に戦略的です。だから論文では「戦略的公共財」と書きました。覇権国家が自分の利益のために公共財を提供するが、排除と競争の論理を戦略的に調整できる公共財的性質を持つとき、これを戦略的公共財と呼ぶことができます。これは覇権国家の能力にかかっています。覇権体制は基本的に覇権国家がなければならず、これは一国家であることもあり、複数の国家であることもあります。
覇権の中心があって、その中心が覇権体制を維持するための基本的な公共財を提供するとき、これを覇権システムと呼ぶことができます。それではトランプ時期に経験している米国の衰退と関連した国際秩序は、どのように見るべきでしょうか?まず覇権国家になるための条件が必要です。様々な条件がありますが、物質的能力、覇権国家になるという政治的意図、戦略的公共財を提供しようとする戦略、国内政治的支持、国際的認定、そしてそのような歴史が整わなければなりません。米国は19世紀後半から1945年までこのような条件たちを備えて覇権国家になりました。中国を代入してみると、今中国が覇権国家になれるでしょうか?
中国もこれをよく知っているため、覇権国家になるための様々な努力を傾けています。しかし当面はすべての条件を備えておらず、中国自らも非常に長く見てアプローチしています。反面、覇権国家として米国が得る構造的利益、すなわちストラクチュラル・パワー(structural power)から派生する覇権的利益が多いです。基軸通貨、ルール制定力、議題設定力、国際制度を左右する力、ネットワークの中心性などがあります。最近の相互依存の武器化議論でチョークポイント・レバレッジ(chokepoint leverage)を話すとき、ネットワーク中心を握っていれば途方もない権力を持つことになります。スイフトシステムやホルムズ海峡も同じです。イランが水路のネットワーク中心を利用して得るパワーが生じたのです。また、外部効果(externality)により同盟国たちに対する政治的影響力、資源動員力などもあります。
このように覇権システムは非常に複雑な覇権の論理を必要とします。だからといってこの覇権的秩序が強大国が一方的に作ったものかと尋ねるならば、そうではないということです。トゥリーナー(Turiuner)の論文によれば、第二次世界大戦以降に作られた覇権システムは、従属国家たちの同意と、覇権国家が間違ったとき提起される問題提起が長い時間を経ながら作られたシステムです。
そのような面で1945年から今までを80年秩序と呼ぶのですが、その80年が問題なく一つの覇権秩序として同一の実体を維持したわけではありません。1970年代ニクソン政権の69年ドクトリンのように、米国覇権秩序は上げ下げを繰り返し、米国覇権の衰退に対する論争も四番目あるいは五番目です。数多くの紆余曲折を経ながらも、比較的適応力があり回復力がある制度としての覇権体制が維持されてきたのです。したがってこれは覇権国家が一人で作ったものというよりは、他の従属国家たち、特に同盟国たちの寄与が非常に重要な秩序でした。そのような意味でトランプ大統領の多くの発言を聞くと、今の秩序は米国がすべて作り、すべての費用を米国が負担し、特に同盟国たちが米国を利用したというような話をします。
そのような話を聞くと申し訳なくなったりもします。私たちがあまりに米国に依存したのかと。しかしその話は事実ではありません。半分程度は事実と見ることもできるでしょうが、米国が得たものが非常に多く、秩序を作る費用の相当部分は同盟国と他の国家たちが負担した結果です。だから今の米国になれる基盤が整ったのです。ブラジルの学者トリノラ(Trinora)は、弱者たちが強大国に抵抗しながら規範を変えたり、共同体的に交渉力と結束力を増進させたり、標準を制定し提供する役割を通じてシステムが作られたと見ます。これは米国がすべてを作って付与した制度ではないということです。
そのような面で米国の力が弱くなるからといって、この覇権体制に対する共同持分を持った他の国家たちも「米国が弱くなったから他のシステムに早く移ろう」と言うことはできません。これは単純に制度的慣性のためだけではありません。新自由主義を学べばコーズ(Coase)のような学者が制度の慣性や制度がもたらす利益のためそうだと説明しますが、必ずしもそうではありません。レジーム(regime)に対する需要側面を話したりもしますが、それよりはるかに共同産物としての覇権体制を話す必要があります。
覇権体制の歴史を見ると、その体制の結束力や回復力は時代によって違います。今はその強度が高く、ダイナミック・デンシティ(dynamic density)が最も高い時代です。まるで国際秩序が国内秩序ほど非常に緻密で規範的なもののように感じられるのも事実です。外交官になれば、あまりに多くの規範秩序のため、国内政治より行動制約が多いと感じることができます。国際政治が無政府状態だと学んだのに、制度があまりに多く制約が多いと感じることができます。しかしこれは私たちが強大国ではないためです。
強大国であるトランプはすべての制約を無視しますが、これに対する制裁権力がありません。制度が持つ両面性、制度を作った強大国たちの立場と制度に従う国家たちが感じる立場は完全に違います。その分、米国主導秩序は緻密になりました。ポルトガル、オランダ、英国、米国へと続きながら、公共財はいつもありましたが、以前の公共財は非常に緩く希少でした。今は戦略的公共財がはるかに緻密に変わりました。
戦略的公共財の需要変化と覇権体制
覇権体制が何なのか、ある程度理解できたでしょう。今や別個の軸として公共財についてもう少し話さなければなりません。時代によって秩序を維持するのに必要な公共財がいつも同じでしょうか?1950年に必要だった公共財と今の公共財の量と質が同じでしょうか?そうではありません。例えば気候変化を考えてみましょう。このまま行けば人類は滅亡するだろうことがほぼ確実です。秩序維持のための基本的な公共財には、気候変化を防ぐための国家間協力を引き出すリーダーシップが含まれます。これは秩序だけでなく人類絶滅を防ぐための最も重要な公共財になったのです。1950年にも気候変化が徐々に始まっていたでしょうが、公共財需要が創出されるほどではありませんでした。時代が変化しながら無秩序を作り出す要素たちが継続して増加してきました。
このような増加の裏面には、80億人口の相互作用がはるかに緻密になった部分があります。過去30年は私たちが「移行期(Transitional Epoch)」と呼ぶ、非常に地政学的な用語です。ソ連の滅亡を基準に見るのですが、地質学者や文化学者たちは過去30年を異なって認識するでしょう。
私たちは国際政治学をするため、そのように先入見が固まりましたが、過去30年は勢力分配構造が二極から単極に変わり、米国覇権体制が始まった時期です。これは覇権の企画でもありますが、世界化あるいは地球化がなされた時代です。世の中が非常に緻密になったのです。地球化は新自由主義的経済側面、技術発展など様々な側面があります。とにかくそのようになりながらガバナンス・イシューがはるかに複雑になりました。過去30年は世界化が起きましたが、グローバル・ガバナンスは作られなかった時代です。ここから出たエントロピー的無秩序要素が急増したため、覇権国家が秩序維持に必要な公共財需要が非常に増えました。米国がすべきことがあまりに多くなったのです。以前の覇権国家は冷戦期にソ連を防ぎ、同盟国と協力して軍事秩序を守り、市場秩序を守りながら貧しい国を助けました。しかし今はテロ、コロナ、AIなど、することがあまりに多くなりました。米国一人で耐えられるほど国際公共財需要が増えたのに、米国の供給能力がそれに伴って増えたでしょうか?そうではなく、そのような国もありません。時代的戦略公共財需要変化が、今の覇権体制を見るとき非常に重要な変化です。
秩序は継続して変化し、変化する状況にこれ以上適応できないとき、秩序は崩れることになります。それでは変わった状況が何なのか、体制秩序を維持するシステムの論理と回復力の根源が何なのか知らなければなりません。私たちの健康も同じです。医者たちは血圧などの指標を通じて健康状態を判断します。例えば血圧が150を超えれば高血圧として薬を処方しますが、149までは大丈夫だと言います。しかし130を超えればすでに回復力が減り始めるため、積極的に管理しなければなりません。そのような医者がいれば良いですが、現実的に難しいです。健康が指標にだけ従うわけではありません。
似たような文脈です。覇権秩序も米国がどれほど弱くなれば崩れるのか、あるいは公共財需要がどれほどを超えればこれ以上維持不可能なのか、きっぱり言うのは難しいです。傾向が維持されて、時には境界を超えたりもし、時にはうまくやって再び戻ってきたりもするなど、継続して変動があるでしょう。そうするうちに結局「これはだめだ、この覇権システムは維持されえない」と皆が確認するようになるとき、運用原理の変化が起きます。今米国が経験している制度的構成の変化過程は、覇権的運用原理を維持するための再調整過程と見ることができるのですが、これが成功するかが重要な質問です。
覇権システム変化の二重圧力
覇権システム変化の二つの変数を見てみましょう。一つは供給側面、すなわち能力に対する圧力です。果たして米国が以前よりさらに弱くなったでしょうか?米国の衰退という言葉をあまりに多く使うのですが、衰退が正確に何でしょうか?非常に抽象的な用語です。しかし能力側面の圧力が一つあり、二等国家との格差が減るしかありません。
米国が弱くなることと中国が浮上することは別の問題です。米国が弱くなるしかない米国内の流れがあることもあります。ところがあいにく中国が一緒に浮上したため、米国の衰退と勢力移転が一緒に起きるのは歴史的偶然です。米国の衰退が中国の浮上のため生じたわけではありません。相対的能力の格差が減ったのはそうですが、絶対的な米国の衰退と相対的能力衰退は全く別の問題です。もし米国がだんだん貧しくなったのに中国が浮上しなかったならば、私たちは覇権衰退の話をしなかったでしょう。覇権はレラティブ・ゲーム(relative game)であってアブソリュート・ゲーム(absolute game)ではありません。
反面、需要側面の圧力は非常に増加しました。覇権体制変化を話そうとすれば再び戻って、今2026年に私たちはどんな国際秩序変化を経験しているでしょうか?米国が弱くなり、戦略的失敗たちが生じながら国際秩序が変化するのでしょうか?尋ねなければならないのは、覇権国の物質的能力がどのように変わるのか、そして戦略的公共財需要がどうなるのか、この二つです。すなわち、両側の二重圧力なのです。能力弱化は弱くなるもので、戦略公共財需要変化が既存制度構成をどのように変えているのか、既存制度構成がこのような需要にうまく対処しているのか、役割と制度権力関係などがうまく維持されうるのか見なければなりません。制度たちは適応しようと努力するでしょう。例えば、同盟の場合、米国が負担した分担金をさらに出せと要求するような制度的適応を試みるでしょう。再分配連合を構成するなど抽象的な用語たちではありますが、適応が未熟になり、需要と供給の格差が拡大すれば、結局代替的運用原理に進行するでしょう。もし成功的に適応するならば、運用原理が再び安定化しながら制度的内容だけ変わり、他の形態の覇権的運用原理が定着するでしょう。
米国が弱くなり、戦略的失敗たちが生じながら国際秩序が変化するのでしょうか?尋ねなければならないのは、覇権国の物質的能力がどのように変わるのか、そして戦略的公共財需要がどうなるのか、この二つです。すなわち、両側の二重圧力なのです。能力弱化は弱くなるもので、戦略公共財需要変化が既存制度構成をどのように変えているのか、既存制度構成がこのような需要にうまく対処しているのか、役割と制度権力関係などがうまく維持されうるのか見なければなりません。制度たちは適応しようと努力するでしょう。例えば、同盟の場合、米国が負担した分担金をさらに出せと要求するような制度的適応を試みるでしょう。再分配連合を構成するなど抽象的な用語たちではありますが、適応が未熟になり、需要と供給の格差が拡大すれば、結局代替的運用原理に進行するでしょう。もし成功的に適応するならば、運用原理が再び安定化しながら制度的内容だけ変わり、他の形態の覇権的運用原理が定着するでしょう。
米国が負担した同盟分担金をさらに出せと要求するような制度的適応を試みるでしょう。再分配連合を構成するとかなど。抽象的な用語たちではありますが、適応が未熟になり、需要と供給の格差が継続して拡大すれば、結局代替的運用原理に進行するだろうという因果関係を描いてみることができます。もし成功的に適応するならば、運用原理が再び安定化しながら制度的内容だけ変わり、再び他の形態の覇権的な運用原理が定着するでしょう。
組織原理はこのすべての過程で変わらないまま主権国家体制が維持される状況が、今私たちが経験している状況です。だから今の国際政治・米国の状況は、既存の制度的構成の環が変化して新しい局面に来ていると見ることができます。しかしこちらに行くのか、こちらに行くのかはまだ分かりません。多くの人々が勢力均衡協調体制に向かっていると話しますが、もう少し分析的に、実証的に見る必要があります。
そのように見たとき、覇権の衰退と言うとき、その真の意味が何だろうかという問題があります。米国が弱くなったことがより重要なのか、それとも需要が増加したことがより重要なのか?さっき話した二つの圧力のうち、どのものにもっと注意を傾けるべきかという問題です。両方とも重要ではありますが、需要の急増がより注目すべき現象です。これまでの国際政治は、一国が国際秩序を維持するための力を持ちうる時代でした。すなわち、一国が可能な時代だったということです。もちろんこれからはそのように強い国がないかもしれません。しかし以前は国力、国土、人口、産業革命の成否、核保有の可否などが、覇権国家になれる基本的な国際政治の場の性格を規定しました。過去30年は、今やどの一国が、地球上のどの一国がいくら強くても、その需要を耐えられるほど強くはないということを見せています。
もちろん私の話が間違っているかもしれません。大韓民国があまりに強くなってすべての問題を解決してくれるかもしれませんよね。しかしほぼ不可能に見えます。したがってこの二つの圧力のうち、米国が弱くなって国際秩序が変化する部分もありますが、相対的に戦略的公共財の需要が爆増したことがはるかに重要な変数かもしれません。そのように見たとき、これからの秩序を話すとき、中国が覇権国家になるのかという質問が出ます。一般的に講義のとき多くする話が、米中競争を覇権競争と呼ぶことです。
覇権競争で勝った国が覇権になれるという前提があります。しかし今米国がこれ以上一国覇権になりにくい理由は、能力が不足してというよりは需要があまりに増えたためです。公共財需要が増えて、中国がこの競争で勝てば、この需要を耐えられなければ覇権国家になるのです。しかし米国に勝ったからといって、中国が需要を耐えるのは難しいでしょう。そのような面で、ここで勝つ国家が覇権国家になることはできません。したがって覇権競争と呼ぶことはできず、一等競争であることはありえます。
しかし覇権体制が崩れるかと言えば、それは違います。公共財は移ります。様々な形態の財とサービスがありえます。米国が提供するものは物理的な資源だけでなく、それを維持する戦略と制度もあります。有形無形の公共財サービスを含んだ概念です。今米国はそれを提供する経済力、軍事力が不足しています。昨日CNNニュース報道を見ると、米国がTHAAD迎撃ミサイルの80%を消耗したと言います。パトリオット・ミサイルも50%以上消耗しました。もしイラン以外で戦争が起きれば、米国が残った迎撃ミサイルで何発でも防げるでしょうか?ましてや数千万ドルもするミサイルを、数万ドルのドローンを防ぐために使っています。もし台湾の急変事態が起きるか、中国が大量攻撃をするとき、それを防ぎ出そうとすれば迎撃ミサイルが必要でしょうが、米国が助けるのは非常に難しくなっています。
韓国はどうですか?韓国もTHAADでは北朝鮮ミサイルを防ぐ頃にはすでに全面戦争なので、ほとんど意味がないという話もあります。北朝鮮の核ミサイルが飛んでくれば迎撃しなければならないため、米国が助けられる資源がありません。これは同時性のジレンマで、米国が二つ以上の戦場を遂行する能力がないということを見せた契機です。元来覇権国家は少なくとも二つの戦場、あるいは1.5個の戦場(一つに積極介入し、もう一つは後方支援)を管理できなければ覇権国家だと話しました。冷戦期にもヨーロッパ、中東、アジアの三つの主な戦場があったのですが、今は一つの戦場でも
地上戦を投入しない海空軍全面戦争にもかかわらず、在庫が底をついている状況です。軍事的覇権が非常に危ういということを見せるものです。中国とロシアも自ら感じているように、今の戦争は武器争いだけでなく、武器生産能力、供給網争いでもあります。同盟、最先端武器、多領域(海・空・陸・サイバー・宇宙・AI含む)戦争というものがだんだん現れているため、戦争遂行がどれほど難しいのかを見せる戦争です。横に少しそれましたが、とにかくその話がどこから出ましたっけ?
米国主導秩序の性格と限界
だから今やこのような戦略的公共財が、米国の一人の力で維持するのが非常に難しい状況になったという話です。このような戦略公共財需要が歴史的に拡張してきた歴史を見なければなりません。このような需要膨張とともに変化している国際秩序を見ようということです。冷戦期から今までの米国主導秩序を両側に分けてみることができます。一つは米国主導自由主義秩序です。この自由主義という言葉がついているため、良い秩序だという規範的認識を持った人々がいます。特に国内政治争いでは保守層が軍事力を強調するうちに同盟と米国主導秩序の重要性を強調し、そうするうちに自由主義秩序が規範的にも正しいという論理に拡張されたりします。反対に
進歩陣営は韓米関係の位階性をさらに強調し、安保傘を提供する代わりに政治的自律性を毀損されたと見ます。両方とも正しい話です。米国は同盟国たちに安保支援をして生存できるようにしましたが、同時に戦略的自律性を弱化させる部分もありました。同盟維持に安保論もありましたが、安保と戦略的自律性を同時に持つのは不可能です。すべての同盟は非対称同盟の場合、安保力を持つようになれば自律性は毀損されるしかありません。1945年以降、米国がもたらした秩序とその秩序で提供された財とサービスの核心は、戦略的で選択的なクラブ制であるしかありません。そこに排除されず、より非競合的に制裁を活用できた国々、主に同盟国たちは自由主
国際秩序の受益者と見ることができます。そこから排除された国家たちは、自由主義国際秩序が薄情かもしれません。冷戦期の中国のような場合、米国主導秩序の中で経済的に成長できたため、自由主義経済秩序の受益者でもあります。しかし米国が持つ排除の論理、すなわち他の国家が米国の同盟でない場合、地域リーダーシップ行使を防ごうとする戦略は、中国の立場で非常に薄情だったでしょう。したがって自由主義国際秩序は、その語感とは別に抑圧的な側面と肯定的な側面が両方あります。すべての秩序は規範的に判断することと、秩序が維持されるための内的論理を一緒に見なければなりません。冷戦期秩序は自由陣営、すなわち米国主導の自由民主主義国家陣営にだけ提供された非常に排他的なクラブ制であり、その中でも位階性が多かったです。しかし共同の敵がいたため
内部結束力が非常に高い時代でした。脱冷戦30年はどうですか?非常に興味深い時期です。以前に米国国務省次官補を務めた方と話したのですが、単極体制は米国にとって呪いだったと言っていました。過去30年間、米国だけが世界で最も強い国だった時期に、米国がどれほど壊れたのか。このとき米国がどれほど内部的に問題が生じたのか。米国が間違ったからというより、すでに過去30年間、米国一人で耐えられないことを米国がすべて
背負うしかなかったのです。強大国が一つなのもあり、米国ができるという傲慢もあり、米国がそれをすべてしなければならないという周辺国家たちの押し付け、すなわち責任転嫁も一緒に作用しました。人類歴史上そのようなことがなかったため、私が東アジア研究というコラムを書くのですが、先のコラムで引用した本に「レジーム・チェンジ」という本があります。ニューヨーク・タイムズの記者二人がトランプ時代を約1千人以上インタビューして書いた本です。英語の本なのですが、全部は読めませんでしたが、国際政治パートだけ少し読んでみました。そこに一番後ろにエピソードがあるのですが、この記者たちが批判的に本を書いていたところ、トランプと数回インタビューをしました。
最後のインタビューでトランプが、基本的に敵対的な関係だったにもかかわらず、自分の話をしながら、この本にある内容です。自分が歴史上存在したどんな人物よりも最も大きな力を持った人だと言いました。個人としてナポレオン、チンギス・カン、スターリン、毛沢東などと比較しても、自分ほど権力を持った人はいなかったという話を誇らしげにしながら、このメモを今や私に伝達してくれたメモを歴史学者が書いたと言って、二人の記者が受けたということです。ところが後で見ると、そのメモはトランプとゴルフをよく一緒にするプロゴルファーのキャディが書いてくれたものでした。このキャディは歴史の勉強が好きでした。普通の世の中なら少しそうですよね。ところがそのようにむやみに話すほどなら、トランプ個人の権力観、あるいは
国際政治をどのように見るのかをあまりにもよく見せるものです。米国がその程度に強い国だということです。個人が感じるにもそうで、実際に国力指標を見ても、過去のローマ、スペイン、日の沈まない英国などと比較してみると、2000年頃基準で米国軍事費が全世界軍事費の50%を占めました。全世界軍事費の半分を米国一人で使い、R&D費用は80%でした。これは帝国をしてもいい軍事力でした。人類歴史上最も強い国だったのに、その強い国だからといって秩序を維持できる能力があるものだと混同していたのです。私も同意していました。トランプ時期が来る前まで、脱冷戦30年というものは、一国が一番強い国が秩序を付与できるんだな、それが覇権なんだな、だからこのように秩序国家が覇権国家だと考えたのですが、トランプ時期を経ながら公共財需要を充足できる国家だと概念を変えて考えるようになりました。しかしそのように考える人は多くありません。
脱冷戦30年の間、米国が提供した公共財は戦略的クラブ制というよりは純粋公共財に近くなりました。米国が全世界80億人口のために国力を使ったのです。ここでボスニア事態、シリア事態などの軍事介入や経済支援(ODA)を見ると、米国の国益にそれほど決定的ではなかったことを米国が多くしました。米国自ら覇権国家が持ちうる能力に対する過信があって、テロ戦争もどうしようもない部分が分明にありましたが、それを節制すべきでした。その30年を経てからトランプが考えてみると、今私たちが30年間したことは純粋公共財を提供したもので、戦略的公共財を離脱したものです。その費用がとてつもなかったです。そのとてつもない費用に対する代価があったのか?代価はありませんでした。代価は米国製造業の没落、米国中産層の没落、フェンタニルのような社会問題、移民流入、米国市場の弱化、製造業の空洞化などです。これが
一体どういうことなのか?だから米国NSS(国家安全保障戦略)を見ると、米国は自分の前にあったすべての戦略を否定します。よく読んでみると80年代の否定ではなく、過去30年の否定です。トランプが考える理想的な大統領はレーガンです。80年代、力を通じた平和をしたレーガンのように、トランプが考えたレファレンスポイントは、冷戦期の同盟国たちと一緒に公共財を作って米国の力を維持したそのような意味の覇権です。ところがその30年の間、米国の失敗をオバマ大統領、ブッシュ大統領、クリントン大統領に転嫁するには、国際政治構造というものを私たちが初めて経験したものなので、トランプ大統領が歴史上最高の権力者だと感じるように、すべての人が米国が過去30年間、歴史上最高の国家だと、人類が統一されるんだな。
人類の80億を一つにまとめられる最初の権力が登場したんだなと考えたのです。今もそのようにできます。例えば、一つの政治体制と言うとき、軍事的に境界を守れれば一つの政治体制になるのです。領土国家は自分が守れる領土が一つの単位になるのです。今、地球の軍事最強国の米国ならば、宇宙人から地球を守れるほどにはなります。宇宙人がさらに強いかもしれませんが、地球を一つの単位として何かことが起きれば、軍隊を派遣したり超音速で送って、一日以内に全世界どこでも地理的に管理できるほどの統合性を持つようになりました。通信はもちろん。
だから今80億が一つの政治単位になれる物的基盤が作られたということです。そのような状況に過去30年間あまりに影響を受けて、純粋公共財としての米国覇権が維持されてきたことに対する反発が米国政治で起きています。米国国民たちが考えるには、それが耐えられない費用として近づいているということです。だからといって米国がこのような覇権を放棄するかという問題です。これは需要爆増に対する内容です。
人類80億を一つにまとめる最初の権力が登場したと考えました。今もそのようにできます。例えば一つの政治体制は軍事的に境界を守れれば成立します。領土国家は守れる領土が一つの単位になります。今、地球の軍事最強国である米国は、宇宙人から地球を守れるほどの軍事力を備えています。宇宙人がさらに強いかもしれませんが、地球に何かことが起きれば、軍隊を派遣したり超音速輸送機を送って、一日以内に全世界どこでも地理的に管理できるほどの統合性を持つようになりました。
通信はもちろん、80億人口が一つの政治単位になれる物的基盤が作られました。過去30年間、純粋公共財としての米国覇権が維持されてきたことに対する反発が米国政治で起きています。米国国民たちはこれを耐えられない費用として認識しています。だからといって米国が覇権を放棄するかは疑問です。これは需要爆増に対する内容です。
一国覇権が不可能な部分に関する話です。不可能になったのはそうです。しかしだからといって米国が覇権の座を放棄するでしょうか?放棄するにはあまりにも多くの構造的権力とシステムの利益があるためです。トランプ大統領がMAGA勢力、すなわち「これ以上世界のために働くな」と主張する極端な勢力の声を聞いても、米国がそのように手を引くならば、基軸通貨の途方もない特権、同盟を維持しながら得る基地提供能力、政治的影響力、経済的利益など多くのものを失うことになります。供給網での影響力もやはり安保提供と連結されています。私たちも後で出ますが、アジア国家たちはトランプをなぜ
もてなすのか?ヨーロッパはトランプと葛藤していますが、私たちは中国という途方もない安保脅威があるため、その安保提供に対する代価として一種の取引をしなければならないという安保的認識が非常に強烈です。したがってヨーロッパのようになるのは難しいです。ヨーロッパは努力すれば10年なら自強が可能です。中国の軍事的脅威は大きくなく、ロシア程度だからです。このような面で米国はこれを知っています。MAGA勢力のような主張にもかかわらず、米国は依然として世界1位の最強大国です。ただ覇権国ではない「ヘゲモニーのないスーパーパワー」になるのか、それとも「ヘゲモニーのあるスーパーパワー」になるのかの岐路に立っています。トランプ大統領をはじめとする米国の主流戦略家たちは、覇権を放棄してただ世界最強大国として残る考えがありません。覇権を放棄すれば世界最強大国の地位も維持できない可能性が非常に高いためです。同盟国の助けをこれ以上受けられず、そこから出る
特権も消え、基軸通貨としての地位も危うくなりえます。2008年の経済危機のとき、米国が基軸通貨国でなかったならIMF救済を受けなければならなかっただろうという話もあります。基軸通貨、核独占、制度的議題設定権を失い、覇権国家として認められない瞬間、最強大国の地位を逃しうるということを政策決定者たちは知っています。したがって覇権再調整を通じて「一国覇権不可能」命題を克服しなければなりません。これが米国が直面した問題です。しかし米国がこれを正確に認識しているのかは確かではありません。米国の学界の論文や政策決定者たちの発言を聞いてみると、同盟の重要性と同盟との協力を強調する修辞的表現は多いです。
未来の覇権体制と強大国政治の展望
安保や経済のようなイシュー別にはそのように話しますが、覇権の権限を分けなければならないという、すなわち「バーデン・シェアリング」から「パワー・シェアリング」に行かなければならないという水準まで米国が覚醒したのかは疑問です。米国が弱くなった部分もありますが、一国覇権が不可能だということを痛感したのかはよく分かりません。もし覇権システムが維持されるという前提の下、覇権的運用原理の中で制度を再編するとき維持されうるいくつかの代案を考えてみました。第一は今までしてきた「単独型覇権」です。第二はトランプ大統領が試みようとする「覇権連合」です。
同盟とパートナーに負担を分散しますが、依然として戦略的権威は中心国に集中される、すなわち米国中心の少しの「バーデン・シェアリング」がある形態の覇権連合です。しかしそれでできるかは疑問です。第三は「集合的覇権」です。これは連合構成員の負担と権限を分担する形態です。いくつの国になるかは分かりません。バイデン政府の「民主主義首脳会議」やD10、G7などがありますが、これを改編するものかもしれません。米中日になることもあり、ひいては米中が覇権連合を作ることもできるという論文もあります。「デュアル・ヘゲモニー」と言って、事実上イシュー別に米中が覇権を分けて持っているということです。今もそうですが、これからそのようになる可能性がより高いです。
相当部分、戦略的権威が共同で共有されるという意味です。「覇権連合」が持続可能であるためには、あの方向に行くしかありません。「集合的覇権」になろうとすれば、米国が積極的に既存とは違う相当な柔軟性を見せなければなりません。果たしてそのようにできるでしょうか?それとも「脱覇権的多重ガバナンス」に行くこともあります。これは非常に難しい話です。強大国政治ではなく、覇権的連合なしでもシステム全体が動く理想的な形態です。民主主義で一国体制のように管理されるガバナンスになるのは、実は非常に難しいです。
このすべてがだめなときは「強大国体制」に行くということです。これは私たちが覇権体制以前に経験した19世紀、18世紀ヨーロッパの形態です。19世紀もやはり英国覇権の時期と見ることができますが、英国とロシアの二極体制、あるいは強大国コンサートシステムと見ることもできます。プロイセン、オーストリア、フランスなど5カ国覇権連合に後でイタリアが含まれて6カ国になったりもしました。19世紀はコンサートシステムと英国覇権体制、英露二極体制が複合的に存在した体制であり、覇権体制と見るのは難しいです。
英国が穀物法のような経済部分で自由主義を標榜はしましたが、人口と軍事力(主に海軍)の面で大陸の地上軍同盟なしには均衡者の役割をしただけで、覇権の役割はしなかったという点で、コンサートシステムがより強かったと見ることができます。ウェストファリア条約で始まった17世紀以降、約400年の間、覇権期間は80年に過ぎず、残りは勢力均衡でした。実は勢力均衡と覇権が一部重なりはしますが、完全な意味の覇権は非常に短い時間でした。したがって米国覇権が終わって強大国中心体制に行くならば、その体制が何なのかはもう少し話しますが、私たちは非常に当惑するでしょう。
しかしこれはある面では「リターン・トゥ・ノーマル」的な部分です。覇権体制が非常に例外的だったためです。もう少し詳しく話します。脱覇権以後の強大国政治は様々な形態がありえるというのが最近の学者たちの共通した見解です。だからこの部分は移ります。脱覇権に行ける契機は分明にあります。いつでもそのようになれ、特にトランプ時代の米国の戦略的失敗は、米国が最強大国にもかかわらず覇権体制の瓦解を促進する役割を十分にできます。米国の戦略的失敗は、資源を十分に活用できない部分、同盟国の意見を無視する態度、中国の強化を可能にする条件造成など、様々な面で現れます。中国ではトランプ大統領こそ中国の建国を助ける人物だという話もあります。
その程度にトランプは中国にとって機会だったと後で評価されることもできるでしょう。だからといって米国が最強大国の資源を完全に失ったのか?消耗しているのはそうです。トランプの力はどこから出るのか?トランプがイラン戦争のような戦略的失敗を繰り返しても、多くの国家たちが米国を尊重するのは、米国が持つ力、すなわち軍事力と経済力のためです。これはトランプが作ったものではなく、米国が今まで積み上げてきた資源を一つずつ食いつぶしているのです。しかしその資源が臨界点以下に下がれば、これ以上作動しない時点が来るかもしれません。
だからといってこれがトランプ大統領だけの問題かと見るのは難しいです。後で話しますが、このような戦略的再調整過程が非常に難しいため、相互矛盾的な部分があります。同盟が重要ですが、同盟の役割強化のために同盟を圧迫しなければならない部分もあるということです。同盟をよく待遇しなければならないが、過去よりはるかに強く扱わなければならない部分もあります。これはバイデン政府も同じです。どんな方式でするのかの問題なのですが、トランプ式にしなければ事実上難しいと見る視覚もあります。ウェス・ミッチェルのような人物がそのような見解を持っています。
米国衰退論と戦略的再調整
移る前に、そのような面で「米国衰退論」は複合的に見なければなりません。前述した絶対的能力の衰退部分もあり、相対的能力衰退、すなわち中国との競争で押される部分もあります。覇権意志の衰退、特に米国国民たちの意志衰退が非常に大きいです。これは非常に重要な変数です。戦略の失敗もありますが、米国が衰退する最も大きな理由は、やはり公共財需要拡大による需要側面の衰退だと思われます。過去30年がその程度に重要でした。ここまでが理論的な話でした。秩序とは何で、今の秩序の変化をどの水準で見なければならず、その水準は覇権的運用原理の変化なのに、その運用原理の変化が本当に変化するのかの原因と経過をどのように見なければならないのかを分析的に見ようということでした。今や実際に起きている様々な戦略たちの現実的な話をしてみます。普通、米国外交政策の話はここから始まります。
米国外交政策の現実と課題
ディテールが多いですが、私がすべてするのは難しそうです。私たちの講義の目的上、第一にバイデン政府の大戦略、すなわち「管理された競争」があり、トランプ時代が重要です。トランプ大統領がしようとすることは何なのか?先の国家安全保障戦略報告書(National Security Strategy)が昨年12月5日に出ました。その文書は大戦略に関するものなのですが、「グランド・ストラテジー」と呼ばれるこの文書はあまり大戦略的ではありません。大戦略とは戦略の優先順位を再調整することだという話だけするだけで、実際にどのように再調整しているのかについての具体的な内容が不足しています。周辺部をよく守るという「周辺部勢力圏戦略」、中国とよく競争するという「勢力均衡概念」、同盟国との管理など様々な話がありますが、これを総合したとき、米国がどこに行こうとしているのかについての明確な絵はありません。
そのような面で具体的なガイドラインになれません。NSSを読んだとき、ベネズエラに行くんだな、イラン戦をするんだなという手がかりが全く見えない文書です。具体的な政策をガイドできる大戦略的ガイドラインがない、まだ「大戦略不在」の時代です。これからも継続してないかは分かりません。しかしそのように見たとき、現在の米国の外交政策は、前述した米国国力の絶対的・相対的弱化、初めて経験する国際政治環境の変化、戦略的公共財状況の変化の中で、覇権国家として維持するための様々な実験を始める段階と見ることができます。どれほど行くかはもう少し見なければならなそうです。思ったより早く終わるかもしれません。米国国民たちが「これは到底だめだ。ただ普通の強大国に戻ろう。すべてをクラブ制にして、米国に本当に必要な国々とだけ行こう」と決定することもあります。
そのように行くこともあります。これは「ウィズドローアル(withdrawal)」に該当しえます。反対に覇権戦略を再調整しながら、はるかに拡張された形態の覇権戦略に行くこともあります。そのような面で米国の覇権適応時間を果たしてどの程度に見なければならないのか、その時間的範囲と変化の強度および深度は、はるかにもう少し見なければならない状況です。現在の米国の外交政策にはトランプ変数があり、トランプという個人が持つ途方もない変数があります。それをすべて話すのは難しいです。また米国覇権が持つ国際政治的変数もあります。このすべてを総合してみるとき、米国が持っている母数は覇権再調整戦略から出る個別政策アイテムたちです。米国が必ず今しなければならないこと、米中経済関係をこれからどうするのか、米国国内経済をどのように立て直すのか、同盟国との関係設定をどうするのか、同盟国にどの程度負担を要求するのか、新技術分野で超格差をどのように維持するのか、技術覇権競争規制をどうするのかなど
非常に必須的な質問たちです。そのような個別質問に対する答えがまずなければならないのですが、より大きな問題はその解決過程で答えが互いに衝突するということです。この問題を解決しようとすれば、あの問題で問題が生じ、これは一度に解決できません。時差を置いて急なものから一つずつしていくのです。それを同盟国や他の国家たちが理解するようにするには、すなわち同盟国の立場で腕をねじられながらも米国を助けようとすれば、米国が掲げる大戦略の構図を理解できなければなりません。
理解して「これを助ければ最後にこのような結果が来るんだな」という大きな絵がなければなりません。実際にそのような事例がありました。「間欠的一国主義」という本で言及されたように、1980年代半ばのプラザ合意やニクソン・ドクトリンなど、米国が覇権に困難を経験するたびに同盟国たちに犠牲を強要したり責任を転嫁するように見えたりもしました。しかし同盟国たちは、米国が自分の金をかけて覇権事業をするものなので大変なのはもっともだと考え、「今は大変だが私たちが助けなければならない。しかし今助ける費用が、米国がいないとき生じる問題の費用よりははるかに安い。米国を助けるのがはるかに得な商売だ」と認識したため、積極的に助けました。今は米国に対してそのような確信がうまく生じません。
これを本当に助ければ、米国が再び元の姿に戻って同盟国たちをケアし、自由主義原則、市場経済、自由民主主義の拡散、安定した平和のために再び力を出して他の国家たちを保護するそのような米国になれるのかについての確信がありません。今学んだところではそれとは違い、集合的覇権に進む役割をする程度です。すなわち、米国は覇権連合を維持するリーダーにはなれます。米国なしには今のところ覇権体制が維持されにくいです。これから覇権体制が維持されるならば、米国は必要条件ではありますが十分条件ではありません。以前は必要十分条件でしたが、今や米国が必ずいなければならないのはそうですが、米国がいるからといって覇権体制になるわけではありません。米国プラス多くの同盟国たちの助けと覇権連合がなければなりません。米国がうまくやって覇権連合を作るのに先頭に立ち、パワー・シェアリングする姿を見せてくれるならば、同盟国たちが苦痛を甘受する可能性が少し高くなりえます。
今この話をトランプ大統領がしているならば、多くの同盟国たちが安心して米国を助けるでしょう。しかしトランプはそのように話していません。これからは無条件に米国中心に行き、同盟国たちはお前たちがすることはお前たちがして、私たちがしてほしいことをしろと言います。また私が予告なく起こす戦争も助けなければならないと言います。これは米国国内用の修辞かもしれませんが、同盟国の立場では非常に難しい部分です。米国がいくら同盟を支援しようとしても、実は非常に難しい部分があります。ウェス・ミッチェルという、ブッシュ政権とトランプ1期のとき国務省次官を務めた人物がいます。この人が最近の論文でトランプ戦略を「コンソリデーション戦略」と書きました。
この方は「グレート・パワー・ポリティクス」という本も書いた政策研究家であり学者です。トランプ戦略を最も合理化してくれる論文の一つです。皆さんのリーディング資料にもあります。読んでみるとトランプを「いや、ここまで良く見てくれるんだな」ということを見せてくれます。トランプが絶対にこのようにはしないだろうし、このような考えをしているようには見えませんが、本当に良く見てくれるならば、このような考えで読まなければならないんだなという姿を見せる内容たちです。読んでみると、このような人々がトランプ主義あるいは共和党の主流として覇権再調整戦略を組んでいく戦略共同体を作っているんだなという考えがします。なりに合意された戦略共同体の内容をトランプが従わなければならないのですが、そうするかはよく分かりません。しかし結果的にそのようになれば、米国の覇権再調整戦略が成功するだろうという論理と見なければなりません。読んでみると非常に興味深い内容です。目でざっと見れば十分に理解できます。
そのような観点からNSSやこのような戦争を見ると多くの問題がありますが、一番下の赤い線は、トランプの気まぐれと政策衝突自体が、米国が覇権を再調整する戦略をするときどれほど緊急で大変なのかを見せる端的な証拠かもしれません。そして国内政治的圧迫、米国優先主義をしようとする圧迫と経済を立て直さなければならない圧迫、トランプが耐えなければならない時代的要求は、今のトランプ程度でなければ耐えることすらできない難しい課題です。
この課題に失敗する瞬間、中国との覇権戦争で負けるのはもちろん、人類を維持するための公共財生産にも失敗しえます。核兵器がサウジと核協定を結びましたが、核拡散になるかもしれず、AI規制ができないかもしれず、気候変化がさらに破壊されるかもしれません。米国がしなければならないことを放置する瞬間、その中のどれか一つでも問題が生じれば、核戦争が起きたり、AGIやスーパーAIの独自性が生じたり、気候変化を扱えなくなれば、22世紀はありません。皆さんは老化で死ぬかもしれませんが、その前に公共悪材が迫るかもしれないため、今の体制は非常に重要です。そのような面で後で出ましたが、覇権的運用原理と強大国運用原理だけ話しましたが、このような危機意識が次のモデル、すなわち地球民主主義モデルです。
80億人口が組織原理の変化を要求するかもしれません。人類が生き残るためには、私たちなりの組織原理を作らなければならず、国家を信じられないため、国家を超えるガバナンスを作らなければなりません。例えば環境運動家や核廃絶運動家たちは、国家の主権や地域利益では公共悪材を耐えられないという考えに、グローバル・パブリック・スフィアを作っていっています。これは今関連したスライドではありませんが、そのような要求がこれからさらに出るかもしれません。
米中競争はこれ以上答えではありません。そこで勝ったりうまくいくからといって人類を救える問題ではないため、覇権体制がだめならば強大国体制はもちろんさらに難しく、地球的ガバナンス体制に行かなければならないという要求がありえます。規範的に国際政治学者として、これからどんな世界になってほしいですか?米国体制が維持されてほしいです。これも答えではなく、米国がうまくやって同盟国たちとうまくやっていってほしいです。それも必ず答えではありません。中国とロシアは反発するだろうからです。それでは米国の圧迫から抜け出すために強大国多極体制になれば、私たちの余地が少しできるでしょうか?
韓国人の狭い利益で見ればそうかもしれませんが、私たちは韓国人である前に人間であり、地球人として生き残らなければなりません。地球人の一人として私たちが望む地球ガバナンスは、完全に新しいものでなければならないかもしれません。人類が保存されるためです。そのためには結局、人間と自然の関係を再設定しなければなりません。自然が搾取の対象ではなく、人類の利益や欲望を自制して、私たちが地球で継続して受け入れられうる人間と自然間の関係を再設定するガバナンスに行かなければならないかもしれません。
技術変数と国際秩序の未来
そのように要求する勢力の求心点がありません。グローバル市民社会でなければならないのですが、それは少し別の話です。次に書いた内容たちは、そのような状況で未来秩序を決定するまた別の変数である技術変数です。先の月曜日にお話ししたように、EAIは東アジア研究院に多くのプロジェクトがあるのですが、その中でAIプロジェクトがだんだん増えています。後でAIグローバルというサイトも紹介しようと思うのですが、人工知能がもたらす変化をどのように見なければならないのかについてのものです。
多くの人工知能エンジニアリングや工学をされる方々と話をするのですが、人工知能の発展は始まりの始まりの始まりの段階に過ぎません。まだ始まってもいないと見なければなりません。だから米中競争であれ、人工知能がもたらす変化を話すのはあまりに早いです。また、人工知能がもたらす変化が独立変数で、国際変化が従属変数だという直線的な因果関係が成立しません。例えば、人工知能が発展すれば失業者が増えて国家競争力が壊れ、自由貿易ができず、国家間戦争が起きるのにロボットが戦うなど、到底因果関係を把握できない形態の変化をもたらすでしょう。汎用技術なので、ある人は産業化に比喩し、ある人は火の発明に比喩し、ある人は言語の発明に比喩するほどあまりにも大きな変化なので、その変化を推し量るのが難しいです。
国際政治でのAIは変化の深度を推し量るのが難しい変化です。継続して勉強をしていかなければならないのですが、その分、潜在力と危険性があります。危険性の部分は、AIが2022年に言語モデルで作られたとき、脱冷戦が終わる時点、すなわち地政学的競争が本格化し、米国の単極覇権体制が崩れ始める時代、すべてのイシューが国際政治の安保に従属される時代に登場しました。AIの発展と米中競争、あるいは国家中心の国際政治が加速化される時点が偶然的にかみ合ったため、AIをグローバルに規制するのはだんだんさらに難しくなるでしょう。AIは間違いなく国家間競争の対象になる確率がとても高いです。
AIはそもそも半導体輸出統制で始まったところ、核心鉱物規制に移り、人材競争に移りました。今、モデルに対する輸出規制手続きもあります。ニューヨーク・タイムズの昨日の記事によれば、閉鎖型モデルの発売について米国政府がゲートキーパー委員会をほぼすべて作ったと言います。アンソロピックの最新モデルは公開ソースを公開しない閉鎖型モデルだと言います。おととい指摘された論文で、中国がミトスを開発することになるとき、ムンシハクのようなミトスがこれまで存在してきたすべてのサイバーセキュリティの問題点を診断する能力を備えるのに、それを裏返せばすべてのサイバー防御を破れる攻撃力を持つようになるという話です。
それが規制されなかったり、特定政府の利益とかみ合うとき、AIは国家の戦略資産になるしかありません。そうすれば非常に熾烈な競争が繰り広げられるでしょうし、その競争が一定水準に達して相互確証破壊水準になれば、妥協がなされるでしょう。米中間にAIの軍事的あるいはサイバー攻撃を防ぐための大妥協をして、残りの国家たちはAIを発展できないようにするNPTモデルに行くかもしれません。非常に始まりの段階なので、これから技術変数がもたらす国際政治の変化を推し量るのが難しいです。今はAIだけでなく多くの新技術を話すとき、すべて分野別に国際政治学や技術、社会学など他の形態で話しています。
研究対象であるAIが研究者の勉強速度よりはるかに速く変わっています。結局、技術の発展を規制できない人類の頭で時代がさらに強化されるでしょう。そのような面で米国の対中戦略をどう見るのかという問題です。一方では中国との争いで勝たなければならないと見たりもし、他方ではガードレールを設けて規範に基づいた競争をうまく導かなければならないと考えたりもします。
そこから出た様々な核心争点たちがあります。先のフォーリン・ポリシーに載ったジェイク・サリバン、バイデン政権時代の国家安保補佐官だった方なのですが、最近YouTubeサイトを作ってトランプを猛撃しています。民主党の最高の戦略家と言うことができるのですが、彼の考えを知ることができます。米国がしなければならない任務を規定することは、トランプ政権と大きく違いません。米国が無から有を創造する技術、特に先端技術で0から1までは先んじますが、1から100まで行く製造能力、大量生産能力では中国に途方もなく遅れています。そしてそれのための国家の産業政策支援は金融支援から行かなければならないのですが、中国式モデルではなくても国家がすべきことが多くなっているという話をしています。
米中競争で米国が考えることは、どうにかして中国を先んじることです。その争いは武器争いや戦争で勝つこと、あるいは中国よりさらに豊かに暮らすことではなく、本当に総体的な争いになっていっています。核心鉱物から人材、AIモデル、同盟国の懐柔、第三世界・グローバルサウスとの関係など、非常に総体的な争いに行っているという話です。サリバンの話の核心もそれです。果たしてトランプ政権が覇権政策の再調整とこの争いの包括性を十分に理解しているのか?そうではないということです。
少し前にスティーブン・ブルックス学者が来たのですが、今回に文をまた載せました。米国が中国にてんてこ舞いするのはレアアース・レバレッジのためです。昨年4月、今年5月の首脳会談のとき、米国が生産する相当な武器、新薬品、化学物質の相当部分、AIの半分以上の創業者たちが移民者です。イーロン・マスクも南アフリカ共和国から来ました。非常に積極的な移民政策が必要な時代なのに、今米国は反対に行っています。反対に行くしかない国内政治的原動力があるのです。移民を防がなければならず、米国人を生かさなければならないからです。ブルックスの話は、同盟と一緒にチームをうまく組んで中国を圧迫すれば、レアアース・レバレッジよりはるかに強力なレバレッジを持ちうるということです。
中国が電気やIT側の戦略分野の中間財輸入の3分の2は米国同盟国から来ます。米国同盟国が心を決めて中国を圧迫すれば、中国が米国に持つ鉱物レバレッジよりはるかに約5倍から11倍程度の打撃を加えられます。すなわち、リソースはあるのに使う方法を知らないのが今の米国程度のことです。実際にそうかは別個の問題だとしても、その分、米中競争の包括性が増えています。AIも同じです。
韓国の戦略的位相と未来展望
そのような話をしている程度で移ります。最後に韓国の戦略内容です。韓国戦略はすべての国がそうであるように自強が一方にあり、「メイク・コリア・グレーター」程度になるのです。二番目は同盟です。米国との同盟を強化する戦略です。三番目は中堅国連合のような三番目の道です。自強と同盟の道はあまりにも明確です。第一に私たちが知らなければならないのは、秩序の変化がこれからどうなるのかについてのなりの予測がなければならないということです。まず分析があり予測があって、プランAとプランBがあり、どの秩序が現実化しても韓国の利益を最大化し、さらに進んでグローバルな利益も守れる私たちの言説体系を用意しなければなりません。そのためには今の国際秩序の変化を非常に正確に分析することがまずです。
それは結局、学者の役割です。私たちの国の国際政治学者たちが、私たちの国の政府の言説をどれほど正確に話してくれるかが重要です。私たちの政府はそのようなことに非常に渇いています。国際政治がどうなるのかをあまりにも知りたがっています。私がした話程度をするのはあまり助けになりません。これはあまりに確実な話なので、政策決定者たちがすぐに使える形態の言説に行かなければなりません。そのためには学者も必要で、シンクタンクも必要で、政策研究家たちがさらに多くなければなりません。私たちの国の国際政治学界の数と言いましょうか?私たちの国の国家利益のために必要な国際政治学者の基本数にとても不足しています。私たちの国の学者の数は、そしてそれを実行する官僚の数も非常に少ないです。外交部が今2千人になりますか?国民1人当たりの外交官の数にすれば、とても不足な水準です。私たちの国の国力が増加したことに比べて、軍や企業、文化産業での躍進はありますが、本当に一段階上がった国際政治をするための知識生態系は非常に不足しています。次の世代の国際政治学者はさらにいないと思います。様々な理由で学界に対する問題もあり、今の国際政治学界が政策研究を並行する活性化された雰囲気があるかと言えば、そうではありません。あまりに学術的です。そのような面でEAIの作業が重要な部分が分明にあります。私たちの国の政策研究がはるかに多様にならなければなりません。国際秩序の変化を悟らなければならないことがあり、その変化の中で私たちがすべき役割を探さなければならないのですが、でたらめにはできません。もし覇権体制が維持されるというのが50%以上ならば、中堅国の役割は覇権体制を最も理想的に作動させる覇権連合の一員としての政策を探さなければなりません。米国が間違って行けば米国を説得し、覇権連合の他の国家たちとイシューをさらに多く発掘し、新しい規範と制度的構成を作り出せる創意力を持つのが中堅国の役割です。
もし覇権体制が終わりだと、到底生き返る可能性がなく強大国政治に行くならば、中堅国ができる役割は多くありません。そうすれば本当に被害最小化戦略で、多極体制の中でのヘッジング戦略に行かなければなりません。様々な保険をかけておき、結局被害を受けるということを明確にした状況で、国民の期待水準を下げ、戦争が起きないように目標を低く定めなければなりません。これでもあれでもなく、地球的次元の人類救いに行かなければならないならば、そのような大統領はあまりいませんが、そのような言説でも掲げなければなりません。今私たちが争っているときではありません。まさに災難が近づいています。ネットフリックスの映画「ドント・ルック・アップ」をご覧になりましたか?隕石が飛んできているのに、皆が他のことをしています。気候変化であれ、ほぼ確実に滅亡が目の前に来ているのに、来ないかのように互いに考え、国家利益の最大化に没頭している状況と同じです。そのような言説を作り出せる中堅国の役割があるならば、空虚な叫びかもしれなくても、それによって国家たちの対応が違いえます。同盟もそうで、経済安保もそうで、今の運用原理の中での私たちの戦略的位相を確保することが重要です。漠然と国際秩序が変わっているため、米国が衰退して多極体制に行っているからです。
そのような話を今しているという程度で移りますね。最後に今や韓国の戦略内容なのですが、韓国戦略は、まあすべての国がそうですが、自強が一方にあり、メイク・コリア・グレーター程度になるのですよね。二番目は同盟です。米国との同盟を強化する戦略。三番目が中堅国連合のような今や三番目の道なのですが、自強と同盟の道はあまりにも明確です。ところで第一に私たちが知らなければならないのは、さっきの話の最初に戻って、秩序の変化というものがこれからどうなるのかについてのなりの予測がなければならないでしょう。だからまず分析があり予測があって、プランAとプランBがあり、どの秩序が現実化しても韓国の利益をそれでも最大化し、さらに進むならばグローバルな利益も守れる私たちの言説体系を用意しなければならない。そのためには今の国際秩序の変化を非常に正確に分析するのがまずです。そうでしょう?
それは結局、学者の役割です。私たちの国の国際政治学者たちが、私たちの国の政府の言説をどれほど正確に話してくれるか。そして私たちの政府はそのようなことに非常に渇いています。本当に国際政治がどうなるのかをあまりにも知りたいです。ところが今私がした話程度を話すのはあまり助けになりません。これはあまりに確実な話なので、それよりさらに政策決定者たちがすぐに使える形態の答論に行かなければならない。そのためには学者も必要で、このようなシンクタンクも必要で、この政策研究家たちがさらに多くなければならないのですが、まあ別の話ですが、私たちの国の国際政治学界の数と言いましょうか?それが私たちの国の国家利益のために必要とする国際政治学者の基本数にとても不足している。私たちの国の学者の数は、そしてそれを実行する官僚の数も非常に少ないのか、外交部が今2人になりますか?ところが国民1人当たりの外交官の数にすれば、まあとても不足な水準です。だから私たちの国は今、国力が増加したことに比べて、今や軍や企業、このような文化産業での躍進はありはしますが、本当にこの一段階上がった国際政治をするための知識生態系と言いましょうか、このようなものは非常に不足していて、次の世代の国際政治学者はさらに私はいないと思います。様々な理由で、様々な理由で学者、まあ学界に対する様々な問題もあり、また今の国際政治学界が政策的な研究を並行するそのようなある非常にパブリックで非常に少し活性化されたそのような雰囲気があるかと言えば、そうではありません。よく、非常にその何と言いましょうか?あまりに学術的な、その今やそのような面でEAIの作業が重要なそのような部分が分明にはあります。私たちの国の政策研究がはるかに多様にならなければならないそのような部分があります。だからその国際秩序の変化を悟らなければならないのがあり、その変化の中で私たちがすべき役割を探さなければならないのですが、それはでたらめにはできないじゃないですか。もし覇権体制が維持されるというのが50%以上だ。そうすれば中堅国の役割というものは、その覇権体制を最も理想的に作動させる覇権連合の一員としての政策を探さなければならないのですよ。そうでしょう?そうすれば、米国が間違って行けば米国を説得し、ああ、その覇権連合の他の国家たちとイシューをさらに多く発掘し、新しい規範とその制度的構成を作り出せるある創意力、このようなものを持つのが中堅国の役割だ。もしこれが覇権体制は終わりだ。到底生き返る可能性がなく強大国政治に行く。そうすれば中堅国ができる役割は多くありません。そうすれば本当にその被害最小化戦略で、多極体制の中でのヘッジング戦略に行かなければならないのです。様々な保険をかけておき、結局被害を受けるということを明確にした状況で、国民たちの期待水準をぐっと下げ、ああ、戦争が起きないようにする程度に目標を低く定めなければならない。これでもあれでもなく、さっきの話のように地球的次元のその人類救いに行かなければならないならば、そのような大統領はあまりいないのですが、そのような言説でも掲げなければならない。今、今私たちが争っているときではありません。ああ、争っているとき、まさに災難が近づいています。そのような皆さん、その以前のネットフリックス映画の中にドント・ルック・アップという映画、もしか見ましたか?ディカプリオが出たものだったのですが、これがまさにあの隕石が飛んできているんですよ。少しすれば滅びるのがあまりに確実なのに、皆が他のことをしているのです。まあまあ、その比喩した話ですよね。今、気候変化であれ、とにかく何かほぼ確実に滅亡が目の前に来ているのに、それが来ないかのように互いに考え、皆、国家利益を最大化するのに没頭しているそのような状況と同じもののとき、そのような言説を作り出せる中堅国の役割があるならば、まあ空虚な叫びかもしれなくても、それによって、ああ、国家たちの対応が違う。まあ後でそのような話なのですが。ああ、同盟もそうで、経済安保もそうで、とにかく今の運用原理の中での私たちの戦略的位相を確保するのが重要だ。漠然と国際秩序が変わっているため、米国が衰退して多極体制に行っているから
親中や親米に行かなければならないという式の言説は控えなければなりません。暑い夏にご出席くださり感謝申し上げ、お元気で、残りの日程もうまく仕上げられることを願います。
*この本文は韓国語で書かれた原文を AI で翻訳したものです。一部の翻訳やニュアンスに誤りがある場合があります。