[2024年 日本選挙イシューブリーフィング] ② 自民党政治の危機:長期政権、政治資金、政治改革
編集者ノート
キム・ソンジョ(金成祚)延世大学教授は、過去の政治資金問題や統一教会との癒着疑惑などに場当たり的に対応してきた自民党が、2023年末に浮上した主要派閥の裏金作り疑惑に対しても、国民の要求を満たせない消極的な対応に終始し、改革意欲に対する疑念を増幅させたと説明する。また、派閥解体および政治資金法改正、スキャンダルに関与した議員への公認制限など、刷新案を巡る党内派閥間の対立が浮上し、自民党の危機が深化していると診断する。キム教授は、石破内閣が総選挙後も続く党内対立を鎮静化させつつ、連立内閣を安定化させ、野党の政治改革要求に対応するという複雑な課題に対応しなければならないと指摘する。
Ⅰ. 繰り返された危機の構造:政治資金、政治改革、そして長期政権
日本の自由民主党(自民党)の派閥は、長年にわたり日本政治構造の重要な軸を成しており、それらの間の競争と協力が自民党の権力構造に大きな影響を与えてきた。日本の派閥は法人格を持つ公式な組織であり、事実上、政党内の小規模政党に類似している(中北浩爾 2017)。派閥は内閣、党、議会の主要ポストを配分する上で主要な道具となり、総裁選挙で勝利するための票を集める上でも重要である。さらに、派閥間の競争と協力の構図が自民党内のリーダーシップ決定と政策の方向性にも重要な役割を果たしてきた。このような背景の中で、自民党の政治家たちは政治資金を集め、それを派閥運営、所属議員の選挙支援、総裁選挙対応などに使用してきた。
しかし、自民党派閥は、各派閥の指導部が資金を中央で統制する方式で資金運用における透明性が不足しており、それに伴い腐敗が発生しやすい構造であった。政治資金を秘密裏に造成し、本来の用途と異なって使用したり、特定の企業との癒着を通じて資金を不適切に調達したりした事例が摘発されることもあった。このようなスキャンダルは、内閣と自民党に対する信頼度を低下させ、周期的に自民党の危機をもたらしてきた。これまで自民党は、政治資金などに起因する危機が発生すると、首相が辞任し、非主流の新鮮な顔の首相を擁立する作業を繰り返してきた。これにより、あたかも政権が交代したかのように感じさせる「擬似政権交代」効果を生み出し、新しい人物で選挙を戦い危機を封じ込めるパターンを繰り返してきた。
1988年のリクルート贈収賄事件で竹下登(1924~2000)当時首相が退陣し、1992年には佐川急便の政治資金問題で自民党の中堅議員、金丸信(1914~1996)が逮捕される事件が発生した。このような過程で、政治資金問題の解決など構造的な政治改革要求が高まった。このような政治改革の動きは、1992年の非自民連立政権の登場と、選挙制度、政治資金など一連の政治改革法案の通過につながった(朴哲熙 2010; 宋錫源 2002)。
その後も政治資金法など政治改革は着実に進められたが、その熱気は2009年の民主党への政権交代と2012年の自民党の再執権を経て大きく冷え込んだ(濱本真輔 2024)。安倍首相の下で自民党が国政選挙で連勝を重ねると、「自民党1強体制」が固まり、野党の挑戦が不可能となる様相が展開され、自民党内の政治資金問題など政治改革に対する緊張感は大きく低下した。
2022年の統一教会問題などを経て一部で独自の刷新試みもあったが、党内の危機感は高くなく、刷新案も場当たり的な性格を脱し得なかった。そうこうするうちに2023年、自民党内の主要派閥のパーティー券収入を巡る政治資金収支報告書への記載漏れが裏金として議員に流れていたことが明らかになり、衝撃を与えた。主要派閥の事務所が検察の家宅捜索を受け、一部議員は逮捕されたり議員職を辞したりした。このような事件が相次いで発生し、自民党政治に対する大衆の信頼度は大きく低下し、大衆は自民党審判を選択した。自民党と公明党の連立与党は過半数議席の確保に失敗し、政権維持を保証できない状況に直面することになった。
Ⅱ. ポスト安倍時代における自民党:危機の展開
1. 2022年統一教会問題と対応
菅義偉首相から岸田文雄首相へと引き継がれる過程で、自民党は多様性を回復する代わりにリーダーシップの危機を経験する方向へ進んだ。そうこうするうちに、安倍元首相の暗殺事件を機に、自民党と統一教会団体の繋がりが明らかになり、これが連鎖的な過程を経て現在の危機を触発することになった。統一教会は1954年に韓国で創立され、1958年に日本で布教活動を開始し、「反共」という旗印を通じて岸信介(1896~1987)元首相など政界の巨頭たちと接点を作っていった(小原泰 2022)。自民党の伝統的な友好団体の組織力が弱まるにつれて、統一教会は重要な支援団体となり、選挙時期には後援を受ける関係となった。
しかし、統一教会団体が献金を強要するなど不適切な方法で運営されていたことが明らかになると、自民党内外から統一教会団体との関係を再検討すべきだという要求が出された。これに対し岸田首相は2022年8月31日の記者会見で、自民党と統一教会の関係が国民に不信感を与えたことを謝罪し、団体との断絶を宣言した(金成祚 2023)。これと共に、防衛大臣の岸信夫や経済産業大臣の萩生田光一など、自ら統一教会との関係を認めた閣僚7名を内閣から外し、統一教会と接点があった国会議員を全員調査した。また、自民党は社会的な問題がある団体と関係を結ばないというガバナンスコードを策定し、続いて統一教会問題の被害者救済のための法律を制定した。しかし、自民党と統一教会関係の「黒幕」と認識された安倍元首相と統一教会の関係は調査されなかった。安倍元首相と統一教会の関係の調査は、自民党最大派閥である「安倍派」の反発を招く可能性があるためであった(小原泰 2022)。
2. 2023年派閥政治資金問題と対応
2023年末には、自民党内の主要派閥の政治資金不記載疑惑が浮上し、大衆の憤りを買い、自民党の信頼度を大きく低下させた。日本の政治資金関連法は、政治資金を募るために開くパーティーで20万円を超える「パーティー券」を購入した個人と団体は、氏名と金額などを報告書に記載するよう規定している。しかし、自民党内の主要派閥とその構成員が、複数の後援パーティーで慣習的に集めた資金を適切に報告せず、裏金として流用した疑いが提起された。各派閥は議員に一定のノルマを課した後、それを超える金額を議員個人に支給しても記載を省略した。特に、このような記載漏れは党内最大派閥である安倍派で広範かつ組織的に行われた。このスキャンダルは、岸田首相の支持率急落と自民党に対する国民の不信を招き、与党の政治改革と反腐敗対策が求められる状況につながった。
事件が公論化されると、岸田首相は松野博一官房長官、西村康稔経済産業相など、不正裏金作り疑惑を受けた自民党最大派閥「安倍派」所属の閣僚4名を全員交代させ、岸田派の会長職から退く意向を表明した。2024年に入ってからは、この問題を制度的に議論するため、政治資金問題などを議論する「政治刷新本部」を設置した。また、政治資金スキャンダルに関与した政治家の懲戒委員会を開催し、2名に離党勧告を出すなど、計39名を懲戒処分した。菅元首相や小泉進次郎氏など無所属議員は、報道や世論の動向を根拠に派閥自体を解散すべきだと声を高め、岸田派を皮切りに安倍派と二階派も解散を発表した。
しかし、自民党は危機の深刻さを誤判断し、当初は議員を擁護するなど適切な対応をしなかった。しかし、主要派閥に属する多くの議員は、派閥が議員の活動を支援し学習する場であるとして、派閥解散に抵抗した。特に、岸田派の解散宣言直後に麻生派と茂木派は解散を拒否し、その後他の派閥の解散が遅々として進まず、偽装解散との批判も生じた(遠藤修平 2024)。リクルート事件直後にも政治改革大綱で自民党派閥解散を宣言したが達成できなかったように、世論は自民党の改革意欲を疑った。谷川弥一議員の辞職などにより、4月中に衆議院補欠選挙が3箇所で実施された。この選挙で自民党は道義的責任を負い1箇所でのみ候補者を擁立したが敗北し、立憲民主党が3箇所で全勝した。
去る6月、国会で自民党主導により政治資金法改正案が可決された。自民党内の主要政治家は政治資金法改正に消極的だったが、岸田首相が積極的に乗り出し、公明党と日本維新の会が提示した妥協案を大幅に受け入れることで法案が国会を通過することができた。政治資金パーティーの寄付額公開基準を現在の20万円から5万円に引き下げ、中央政党が議員に支給する政策活動費も50万円を超える場合は公開しなければならない。また、政治資金事件が発生した場合、議員が秘書や会計責任者に責任を転嫁できないよう、議員室で政治資金収支報告書作成時に議員が確認書を提出するようにした。
しかし、立憲民主党は、企業や団体の献金禁止条項は含まれていないなど、現状と変わらないとして自民党の改革意欲不足を批判した。また、このような改正案に対し、麻生太郎副総裁と茂木敏充幹事長は、岸田首相が一方的に譲歩したとして強く反発するなど、自民党内部で政治改革の幅と水準を巡って深刻な亀裂が露呈した(小坂一悟 2024)。麻生副総裁が、民主主義には多くの費用がかかるのは避けられないとして改正法案に公然と反発し始めると、法案通過の趣旨さえも色褪せた(小手川太朗 2024)。
Ⅲ. 総裁選挙および総選挙:自民党危機の現実化
1. 総裁選挙過程における自民党エリート間の関係
歴代最多の9名の候補者が競合した自民党総裁選挙は、5回目の挑戦となった石破茂元幹事長が勝利した。公式には派閥が解散を宣言した「派閥なき総裁選挙」の裏で繰り広げられた党内力学の変化は、今後の自民党の運営方式に大きな影響を与えるだろう。1次選挙で高市早苗氏が1位、石破氏が2位で決選投票に進出し、小泉氏は75票で最も多くの国会議員票を獲得したが、地方党員票の獲得に失敗した。候補者が乱立し票が均等に配分された以上、勝敗を分けるのは1次投票で敗れた7名に対する議員の支持がどこに向かうかであった。菅元首相と小泉氏の勢力は決選投票で石破氏を支持すると見られ、麻生氏と茂木氏の勢力は副総裁が率いる派閥は高市氏を支持すると予想された。
このような状況でキャスティングボートを握っていたのは岸田首相であり、岸田勢力が決選投票で石破氏を支持したことで勝負は石破氏の方に傾いた。岸田氏は自身の外交安保政策を継承する人物として石破氏がより適任だと見た。高市氏は歴史修正主義者であり靖国神社参拝などを主張したため、中国、韓国など周辺国との対立を招く可能性が高く、岸田氏が推進していた防衛費増額のための増税に反対する立場を明確にした。党全体の視点からも、安倍氏亡き後の「ポスト安倍」の流れが政治資金問題と結びつく中で、安倍氏の後継者の性格を持つ高市氏ではなく、安倍氏と対立した石破氏が勝利することになった。また、立憲民主党代表に首相経験のある野田佳彦氏が選出されたことも、多くの議員が経験豊富な石破氏を支持する一因となった。
2. 選挙過程におけるイシュー:早期総選挙と政治資金関連公認問題
石破氏は総裁選挙勝利直後、総選挙の時期設定と、選挙局面で党のイメージを刷新する改革的な雰囲気を作るための対策を求められた。まず、議会解散および総選挙に関して、総裁選挙当時、小泉氏は即時総選挙実施を主張した一方、石破氏はこれに慎重な立場を取った。しかし、石破氏は総裁選挙勝利後、立場を変え、去る9月30日に早期解散を宣言した。これは戦後歴代首相の中で就任日基準で最短期間で衆議院を解散するという異例のことだった。早期解散の決定は、党内部の要求と石破氏の計算が結びついた結果と見ることができる。党内議員たちは、新たに総裁を選出した後、早期解散を行うことを好んだ。総裁と内閣、党役員などを新たに選出した後、刷新の姿勢で衆議院選挙に臨めば、あたかも政権が交代したのに準ずる擬似政権交代効果を得て選挙に有利に臨めると判断した。逆に解散を遅らせると、全ての閣僚が参加する国会予算委員会が開かれることになり、この場で政治資金問題について野党の集中的な追及を受け、自民党と内閣が守勢に立たされた状態で選挙に臨む可能性が高かった。石破氏も総裁選挙で僅差で逆転勝利を収めるなど、党内基盤が弱い状況で党を掌握するためには総選挙での勝利が切実に求められた。しかし、野党の攻勢を避けるための手段として早期解散を選択したというメディアの批判が高く、このような選択は逆風を招くことになった(吉田清久 2024)。
次に、石破氏は内閣支持率28%という、2000年代以降で歴代最低の支持率で発足し、選挙過程で雰囲気を刷新する必要があった。[1]石破氏はこれを機に、自民党を揺るがした裏金スキャンダルに関与した議員に対し処分を下した。事案の深刻度に応じて12名を公認候補から外し、34名については比例代表での重複立候補を認めないようにした。しかし、このような措置は国民の目線からすると程遠い措置だった。公認を剥奪された候補者はほとんど無所属で出馬を敢行し、自民党はその地域に候補者を擁立せず、当選の道を開いておいた。さらに、自民党は彼らが所属する党支部に対し、活動費名目で選挙資金まで支援していたことがメディア報道で明らかになり、自民党の改革意欲に対する疑念はさらに高まった。
一方、このような懲戒措置の多くは安倍派に集中しており、党内対立の火種となっている。自民党内部では、安倍派内部で政治資金関連の問題が最も深刻だったため、これは当然の成り行きだと主張するが、安倍派議員たちは、このような措置が過度に厳格であり、政治資金法改正など党内協議なしに岸田首相が一方的に事を進めていると不満を表明した。安倍派が自民党総裁選挙で石破総裁と最後の接戦を繰り広げた高市氏を組織的に支援し、依然として最大勢力であるため、石破氏が露骨に安倍派の力を弱めようとしていると不満を表出している。
Ⅳ. 終わりに:総選挙後の危機対応と党内政治の力学
総選挙後、自民党の運営方式と政治改革の進行様相は、自民党の議席確保数と安倍派議員の当選程度に大きな影響を受けるだろう。まず、全体的な構図を見ると、今回の総選挙で自民党は191議席、公明党は24議席にとどまり、「自民・公明連立による過半数達成」という選挙目標に遠く及ばず、自民党内での石破氏の立場は大きく揺らぐだろう。一方、石破内閣に大きな不満を持つ安倍派も大きく萎縮した。政治資金記載漏れに関連し、安倍派議員の多くが比例代表での重複立候補が禁止されたり、無所属で出馬したりしており、その多くが落選した。総選挙当選者を自民党派閥別に集計すると、旧安倍派は22名が当選し、当選率は44%にとどまり、全体で見ると麻生派31名、旧茂木派27名、旧岸田派26名、旧二階派22名、旧森山派7名だった。
もちろん、安倍派は相当に萎縮したが、高市氏は石破体制への参加を拒否したまま、総裁選挙で自身を支持した議員たちの支援遊説を行い、勢力を誇示した。政治資金法改正や総裁選挙などを経て、麻生派、茂木派も石破氏に対抗する形となった。このような状況で、森山裕幹事長と石破首相に対する責任論が提起されている。直ちに首相が交代する可能性があるという報道も出ており、来年7月には参議院選挙が予定されているため、遅くとも2025年の予算が通過する来年3月までには首相交代を求める声が高まるだろう。
石破氏は、連立内閣を安定化させ、党内の不満を鎮静化させつつも、改革の課題を継続しなければならないという困難な課題を同時に遂行しなければならない立場にある。1994年に発足した羽田孜内閣が64日で崩壊したように、まず連立パートナーの確保が重大な課題となるだろう。また、石破氏は落選した閣僚の後任人事も含め、党内融和的な人事を行い、野党の協力を得ながら今回の「補正予算案」を通過させる方向で国政を導こうとするだろう。さらに、立憲民主党を中心に政治資金法追加改正など、政治改革の要求が継続されるだろう。このような複雑な課題に石破首相と自民党がどう対応していくかも、見守るべき点である。■
参考文献
キム・ソンジョ. 2023. 「日本2022:ポスト・アベ・ポスト・パンデミック時期の岸田内閣と日本政治外交」. 『アセア研究』66, 1: 109-136.
パク・チョルヒ. 2010. 「政治制度改革アイデアの勃興、拡散、そして制度化:日本における選挙制度改革を中心に」. 『日本研究論叢』32: 35-61.
ソン・ソクウォン. 2002. 「1990年代日本政治過程の動学:「政治改革」イシューを中心に」. 『市民政治学会報』5: 124-144.
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小坂一悟. 2024. “岸田文雄首相の「崩れた三角形」…苦境に陥った多角形政権の行方”. 『読売新聞』 7月1日 https://www.yomiuri.co.jp/column/politics01/20240627-OYT8T50029/ (検索日: 2024年10月20日)
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小原泰. 2022. 岸田政権「旧統一教会断絶宣言」重なる歴史の意味. 『東洋経済』 9月6日. https://toyokeizai.net/articles/-/615973 (検索日: 2024年10月6日)
中北浩爾. 2017. 『自民党 : 一強の実像』, 中央公論新社.
永原慎吾. 2024. “総裁選決選投票で逆転の石破氏、旧岸田派の高市敬遠勝因レガシーひっくり返される”. 『産経新聞』. 9月27日. https://www.sankei.com/article/20240927-swlzxovb2flebik65omnqaf5kq (検索日: 2024年10月24日)
濱本真輔. 2024. “改革持続の15年と停滞の15年 政治資金制度史で読み解く裏金事件”. 『朝日新聞』 4月9日. https://www.asahi.com/articles/ASS4K351XS4KULLI009M.html (検索日: 2024年10月24日)
吉田清久. 2024. “党の顔が決まっていざ解散・衆院選へ…どうなる? 解散の通称”. 『読売新聞』 10月1日. https://www.yomiuri.co.jp/column/henshu/20240927-OYT8T50028/ (検索日: 2024年10月25日)
[1] 上記の結果は、共同通信が10月11~14日に実施した世論調査の結果である。
■ 金成祚_延世大学校東アジア国際学部教授。
■ 担当・編集:朴漢洙_EAI研究員
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*この本文は韓国語で書かれた原文を AI で翻訳したものです。一部の翻訳やニュアンスに誤りがある場合があります。